ばあ様が夕食を終え、薬を飲む段になると、「これ全部飲むん?!」と毎回言うのがリチュアルである。5錠飲むのだが、「え〜、なんだかこわい。お茶碗一杯くらいあるね」と言い、「お腹一杯だからちょっと休ませて」と何かと言い訳をしてなかなか飲もうとしない。普段ならば私は我慢強く待っているのだが、今日は主治医が診察に来た。妙な時間に来るなとは思ったが、色々忙しいのであろう。彼は、特に感じの悪い人ではないが、感じがいいというわけでもない。患者とふれあうタイプではない。さっさと仕事をして、さっさと帰るという人である。ビジネスライクな多忙な外科医なのである。ばあ様に「リハビリで今日は歩いた?」などと話しかけ、ばあ様がどうだったか思い出そうとすぐに返事をしないようだったら、それでそのまま去っていく人である。症状さえきちんと診てくれさえすれば、忙しい人なんだから私はそれでかまわない。
ばあ様が薬を出そうとしていたとき、「ご飯食べた〜?」と突然先生がカーテンを開けて現れた。「薬飲んでね。診察しますから」と言うので、私がばあ様の耳元で同じ事を繰り返す。ばあ様はいつものごとく、「お茶碗一杯くらいあるね」と薬を手に独り言のように言う。「ないよ」と先生。まじめな先生だ。「少ないほうですよ」とのこと。
最後の薬を飲んだか飲まないかの時点で、先生はベッドを倒し始めた。お急ぎのようである。ばあ様の両足の長さ、太ももやふくらはぎ周りを測り、その後、遠慮なく足を上へあげたり回したりする。素人から見ると、「そんなことしたら、足がまた折れそう」という感じである。「足あげてみて〜」と足元に立つ先生が言っても聞こえるわけはないので、耳元で私がまた繰り返す。「おお、結構上がるな」と独り言。順調ということだろうか。先生は、そういう話は一切しない。あとで母に電話をしたら、「なにか異常があれば連絡します」と言うことらしかった。連絡がないということは、大丈夫なのだろう。
デザートに私が買っておいたお饅頭をまだ食べていなかったのを先生は見ていたのか、「はい、終わり。じゃあ、また、食べてね」とトレイをまたベッドに戻した。ばあ様は、「なんだか、びっくりしちゃったわ」と言う。あれよあれよという間に寝かされ、足を色んな方向に動かされ、なんだか嵐のように過ぎ去った診察であったことは確かである。「ご飯食べたばっかりなのに、休む間もなく・・・」と混乱した様子のばあ様がちょっと可笑しかった。
リハビリの担当の人が母に言ったらしいのだが、ばあ様は手術したほうの脚を内側へ倒す癖があるそうだ。元々の癖なのだろうが、新しく入れた骨が脱臼する可能性があるので、なるべく外向きにして欲しいと言われたそうだ。あぐらをかくようにした股関節の状態が良いのだそうだ。そうは言っても、ばあ様はすぐ忘れるので困るのである。脚を外向きにしておいてねと説明すると、「ああ、やっぱり着物を着とった昔人間は、内股になるんよね」と理解したような返事をするのだが、言った先から忘れる。ただ、これは着物を着ていた云々に無関係で、その証拠に反対側の脚は内向きに倒れないらしい。
先生が診察するときに私も見ていたが、確かに新しく骨を入れた脚が内側に倒れている。うーむ、これはリハビリがなかなか大変なのではと懸念される。しつこく「外向き、外向き、蟹股でね」と言い続けるしかないだろう。
で、デザートのお饅頭であるが、にしき堂の「生もみじ」という新しいもみじ饅頭である。皮に米粉を使っているのでもちもちした食感だと店員が説明し、もちもちが好きな私は一つ買ってみたのであった。これがまたおいしかった。「ちょっとこれ、おいしい」とばあ様も気に入った様子。1/4個でいいと言っていたが、半分食べていた。私も今までのもみじ饅頭より好きかも。