夜中12時を過ぎた頃、ばあ様の離床センサーが鳴った。いつも通り、トイレだろうと思い、特に気に留めなかった。しかし、数秒後、洗面所からばあ様の「どしたんね!」(「どうしたのよ!」)という声が聞こえ、何事かとダッシュで様子を見に行った。
浴室から、父の「それはこっちのセリフよ」という当惑した声が聞こえる。ばあ様は、浴室のドアノブに手をかけて立っている。
「何?」と私がばあ様に聞くと、「シャツが・・」と言いながら、浴室のドアを閉めるばあ様。下着のシャツを探しているようだ。「シャツはここにはないよ」と伝え、部屋へ帰るように促す。
ヨタヨタと歩きながら、ばあ様は、「私は○チガイになったね」と言う。何度もシャツを着替えた記憶があるのだが、部屋には脱いだシャツが見当たらなかったので、洗面所に置いたのかと思って見に行ったらしい。「おかしい。絶対に着替えたと思うたのに、もう頭がバカになったよ」と茫然としている。
おそらく、暑くて着替える夢を見たのだと思う。夜中にシャツやパジャマの上を着替えるのは毎夜のことなのだが、脱いだシャツはハンガーや椅子の背にかけるのが常だ。脱いだはずのシャツが部屋には無いので、混乱して洗面所へ行ったようである。
「あー、バカになった」と嘆きつつ、まだ寝ぼけている感じだったので、お白湯を出す。「ありがと。もう、ええよ。」と言い、新しいシャツを出すべく、タンスに向かうばあ様。
いい加減、冬も来ていた長袖のシャツをパジャマの下に着るのはやめてほしいのだが、絶対に聞かない。「暑けりゃ起きるよ」としれっと言う。

居間に戻った私は、目が点になったであろう父の状況を想像し、可笑しくて可笑しくて、しばらく一人で笑った。どしたんねも何も、ばあ様こそ、どしたんね、だ。

数年前、父が浴槽に浸かっているときも、突然ばあ様がドアを開け、「今日、何曜日?」と聞いたことがあるらしい。どうしても緊急に何曜日か知りたかったんだろう。母や私に対してはこんなことは絶対にしないので、息子には遠慮がないということだ。気の毒な父。

この「どしたんね」で、しばらくは思い出し笑いができる。ありがとう、ばあ様。