感動的な思いと死ぬほど恥ずかしいという思いを同時に持つという経験もそうないかもしれないので記録しておく。
ばあ様の手術が終わるのを待っていたときのこと。私の両親は帰宅し、私と伯母とでばあ様を待つことにした。待合室には、50代くらいの女性とその娘さんらしき人が既に座っていらした。しばらくは私と伯母とで声を落として話をしていたのだが、話が途切れたとき、このバカ(もう躊躇なくそう呼ばせてもらう)は、「どうされたんですか」と母娘に聞くのである。Stop prying, you embarrassing idiot!とイラつきながら私は肘で伯母をつつくも、そんなことに気づくような人間ではない。
女性は、娘さんが帝王切開なのだと教えてくださった。「それはご心配ですねえ。でもおめでたい話でもありますねえ」などと、それこそおめでたい反応の伯母。私はもう穴があったら入りたい気分で、女性に向かって頭を下げる。女性の前で伯母を叱り飛ばすわけにもいかず、忍の一字で私は無言でいた。
そして30分も経ってなかったと思うのだが、看護師さんが「XXさーん、元気な女の子ですよ〜」と赤ちゃんを抱いて待合室に現れたのだ。看護師さんが来るのが一番よく見える位置にいた私は、「あ!」と言い、座ったまま軽く拍手をした。それを見た伯母は、看護師さんが歩いてくる方向へ振り向き、次の瞬間、脱兎のごとく、ご家族を差し置いて赤ちゃんを見ようと走って看護師さんに近づいたのであった。
Stop ruining the private moment for these people, you embarrassing idiot!
看護師さんが待合室まで赤ちゃんを連れてきたことがunexpectedで、まずそれに驚き、次に生まれたてほやほやの赤ちゃんを初めて見て感動し、次に家族と一緒に赤ちゃんを覗き込む伯母に「なんであんたがそこに参加してんのよっ」と怒りを感じ、ご家族に対して恥ずかしく申し訳なく、自分の椅子に座ったまま小さくなっていたのであった。忙しく感情が一度に働いたので疲れた。
伯母に一言言ってやりたかったのだが、生んだお母さんの方の手術が終わるのを待つご家族も同じ待合室の空間にいては何も言えない。その後、ずいぶんと長い間手術は終わらなかった。お母さん、命がけで大変だと思った。
伯母のこの「考えずに行動する」という傾向は、以前からわかってはいたものの、ここまでひどいとは思わなかった。「考えすぎて行動に時間がかかる」父とえらい違いだ。本当に兄妹か。他にも色々あるのが、書き始めると、ただでさえ暑いのに怒りでさらに体温が上がるのでやめる。さっきちょっと書き始めたのだが削除した。氷くれ、氷。
悪人ではない。だが、50万光年くらい距離を置きたい。