ばあ様のお見舞いに行ってきた。人に迷惑をかけるというのを非常に嫌がる性格の人なので、「もう、ころんだりして、みんなに世話をかけて」と落ち込んだり、悔しがったり、気の毒であった。股関節を骨折しているらしい。ころんで数日は、自分で杖をついてトイレに行ったり、シャワーも使ったりしていたらしい。それから動けなくなり、父母が近くの整形外科に介護タクシーで運んだらしい。
「骨折していれば動くことは出来ないので、おそらくころんだ直後はヒビが入ったくらいの状態だったのだが、その後動いているうちに折れたのでは」と母が通院している近所の内科の先生が言っていたらしい。なるほど、それは納得できる説明である。整形外科の先生も、なぜころんで4日経ってから病院にやってきたのかということを不信に思っていたらしい。やはり、高齢者の場合、ころんだら見た目に怪我をしていないようでも、本人が大丈夫だと言い張っても、すぐに病院に連れて行くのが良いということだろう。
動けなくなった後、父も母も、ばあ様のトイレの世話や、夜は寝返りを打つのを手伝うために2時間ごとに起きたりしていたとか。私に助けを求めろやっと言いたい。
通常ならばすぐに手術なのだが、高齢ゆえ、今いる病院よりも大きなところで診てもらった方がいいだろうということで、院長先生が別の病院での診療を手配してくれ、明日、転院である。転院ということで、ばあ様は不安そうである。不安の第一の理由は、転院などしたら、この院長先生に失礼では、と思っているようなのである。院長先生が手配してくれたのだから心配しなくても大丈夫だ、と説明するも、3分経つと転院することも忘れている。確かに記憶力が以前よりも落ちている。だが、「私は90過ぎでしょ?それにしては、今まで元気にやってきた方よね。こんな骨折ったりして、これがきっかけになって寝たきりになったりするよね」と、状況把握は出来ている。
弱気になり、「もう治らんかもしれんよ」と言い出し、「Kayちゃんにいい人がおって結婚してくれたら」と、Pは忘却の彼方に追いやられている発言。結婚はしていないが、婚約はしていると伝えると、「え!!」と大いに驚き、「んまああ、よかった〜」と泣く。そこまで私が独り身であったことを気にしていたとは。「前、家につれてきたフィンランドの人よ」と言うと、ちょっと考えた後、「あ〜あ〜、部屋に来たよね」とおぼろげに思い出したようであった。婚約したのは数年前なのだが(P、待ちまくりの巻)、遠くに住む人と婚約したと言えば、私が遠くに行くということを心配すると思い、今まで言っていなかった。案の定、聞かれた。
「そいで、住むのはどこに住むん」「あっちに行く」というと、あちゃーという顔をし、「それだからね〜。フィンランドと日本の途中くらいはだめなん」「シベリアの方?」「そんな寒いところに住まんと広島に住みんさい」「ははは」「今度彼氏に手紙を書くときには、広島に来るようにおばあちゃんが言うとったと書いといて」「ははは」 やっぱりね。

痛がっているのが可哀相である。今日は、足の位置を固定するために錘で吊っていた。痛み止めは当然もらっているらしいが、「お尻の方がぐしぐし痛い」と言っていた。転院先でうまく対処してくれることを願う。