THE stupidest question I've ever been asked:
「Kayさんは英単語を何個ぐらい知ってるんですか」

「はああ?わかりません、そんなの」と心底あきれて答えたが、質問者である技師は続ける。

「いや、大体でいいですから」

質問のあまりのバカバカしさに本当に、真剣に心から驚きながら、「大体でも知りません」と答える。技師はあきらめない。

「ざっとでいいんですけどね」

「だからわかりませんって。ひとつ言えることは、まだまだ知らない単語がたくさん存在するということです」と答えた。すると技師が言う。

「はあ。ということは、やっぱりXXさんの英語はすごいんだなあ。XXさんは、ニュースとか映画とか英語で見ても、別にわからない単語はないって言ってたから」

この男に雷が落ちてくれないか。
XXさんというのは、滞米歴15年くらいの人で、確かにその語学的センスはずばぬけており、成人して渡米したというのに、あちらで育ったように自由に英語をあやつる人で、私も尊敬していた。だが、本当に彼が「わからない単語はない」と言い切ったのなら、不思議である。本当に一個もないかね。外国語をここまで勉強してきて自分のものにした人が、自分にわからないことがあることに気付かないわけがないと思うのだ(これは語学に限らないけどね: the more you know, the more you realize you don't knowでしょ)。ニュースや映画を理解することと、耳に入るすべての単語を正確に知っているか、というのは別な話じゃないのか。別に私もニュースや映画の内容を追うことはできる。だが、その内容によっては、聞いたことはあっても自分は使ったことのない単語や、その正確な意味を説明できないというものがある。滞米時に身に着けた英単語であれば、その日本語を知らないというケースも多々ある。日本語でも知らない単語はあるし、英語の場合はもっと自分の語彙が限られているというのは自覚している。知っていることよりも、知らないことにフォーカスして劣等感を持つ性格であるがゆえ、大学時代は「なぜにこう知らないことだらけなのだ」と落ち込むことが多かったのよ。

英単語を何個知っているかと聞かれて答えられる人などいるのか、と後日ある人に聞いてみたら、「それは日本で受験英語しか勉強したことのない人の発想でしょう」という答えをもらった。「シケタンを何個覚える、とかいうのがあるんですよ」とのことだ。「シケタンって何ですか」とここで私は質問するわけだが、「試験に出る単語」とな。はー、なるほどねー。すべては入試がベースなわけか。何個知っていれば「安心」などという感覚なわけか。この参考書にある単語を「マスター」すれば、何個知っていることになる、という計算なわけか。知ってるのと使えるのはまた別の話だとも思うけどね。

この技師は、自分の仕事関連の話でさえあれば、日本人なまりの英語に慣れた、その仕事の中身を知っているアメリカ人限定でコミュニケーションを取ることができたために、自分がバイリンガルだなどと勘違いしていた。だが、仕事とはまったく無関係な人には自分の英語が全然通じないことに気付き(I sure didn't understand his English)、屈折してしまっためんどくさい男であった。この人、もしかしたら知っている英単語の数を1の位まで答えられたのかな。

あたし、今まで"I'm bilingual"だなんて口にしたことも思ったこともない。I am comfortable speaking English, yes, but like I said, I know my vocabulary is limited. ゆえに "おまえはbilingualだ"と言われると、うーん、そうなのかなあ、bilingualってもっとできる人なんだと思うんだがなあ、と返答に困る。なんかdefine bilingualism, pleaseって感じでさ。うーん、要するに自分の中での基準がどういうものかによるんだろうか。I tend to be critical of a lot of things, and that includes myself, too. I guess I'll never be satisfied with whatever I achieve. Hm. Time to call a therapist?!