黒焼きやさん

漢方のA先生のところへ。待合室の患者数は少なかったが、えらく個々の診察時間が長くて、新聞と雑誌2冊を読み終え、3冊目の半ばくらいで名前を呼ばれた。
昨日紫外線にやられて発疹が出た手の甲は、かゆかったので手持ちのステロイドを塗って寝た結果、今日は完璧治まっていた。ちゃんと症状を診てもらおうと思ったのに。「非常に強いというレベルのステロイドを塗ったんです」と言うと、「おお、ベリーストロング。ステロイドはよくききますからねー」と笑っていた。なぜに英語なのかは不明。
腕時計にかぶれた後はしっかりまだ赤く残っており、「チタンの時計にしたらどうかなあ」「はあ、チタンだと金属アレルギーの人でも大丈夫といいますね」などという会話から、アレルギー全般、そして今飲んでいる薬の話になった。蕁麻疹を抑えるために処方されている薬ではあるが、もともとは肝臓の薬ということをネットで調べて知っていた。「肝臓の薬で蕁麻疹の症状が抑えられているということは、私の肝臓がおかしいということなんでしょうか」と疑問に思っていたことを聞いてみた。「違います」と即答。漢方の多くはひとつだけの効能があるわけではないと言う。先生は本をわざわざ取り出して、この薬は2000年前に作られたという歴史があることを教えてくれた。すげー。その本には効能として皮膚病はあったが、蕁麻疹は明記されていなかったので、「漢方には聖書みたいなものがありまして、そっちになんて書いてあるか見てみましょう」と、隣の診察室から別の本を取ってくる先生。お忙しいのにそこまで詳しく調べてくださらなくても、と思うが、今日の先生はえらくtalkativeで、説明も詳しい。
戻ってきた先生の本には「類聚方」なんとかと書いてあるのが見えた。下の方は隠れて見えなかった。開いてみると、全部漢字。ひー。私の薬の項を探し、先生はすらすらと日本語にして読み始める。尊敬。「蕁麻疹のことはこっちにも書いてありませんね。でも要は解毒作用のある薬で、蕁麻疹に効くということがわかって使用されているわけです」とのこと。
その後、薬の話から、その「類聚方」とかいう本の話になり、これが書かれたのはまだ紙がない時代で竹に書いてあった上に、発見されたときは一枚一枚がひもからはずれて順番がぐちゃぐちゃになっており、江戸時代(だったかな)の医学者が調べまくってまとめたという。「じゃ、間違っているという可能性もあるわけですか」と聞いてみると、それ以降漢方の研究が進んで、実際間違っていると指摘されるところもあったり、情報が足りていないものなどもあるらしい。
その後さらに診療そっちのけで話が続き、今は厚生労働省が禁止しているのだが、「黒焼き」という民間療法が昔からあるという話になった。初耳だったので「なんですかそれは」と聞いてみると、「イモリの黒焼きとか知りませんか」と言う。「イモリ?!何に効くんですかっ」と驚くと、「媚薬と言われてるんですが」と言うので笑ったら、「あ、効きはしませんよ」と急いで否定する先生。そりゃわかってますってば。イモリを真っ黒になるまで蒸し焼きみたいにして、その粉を自分が好きな人が口にするものに振りかけておく、ということが流行ったことがあるらしい。江戸時代の話。ここに詳しい。(しかし、色んなサイトがあるもんだなあ。)
イモリはともかく、自分がアレルギーのものを黒焼きにして服用してアレルギーをなくす、という療法があるらしい。スギ花粉症の人はスギの雄花とか。先生が会ったことのある漁師さんは、はまちアレルギーだったのが、はまちを黒焼きにして食べたらぴたっと症状が出なくなったらしい。私はウニを食べて、息が苦しくなって死にそうな思いをしたことがあるのだが、「じゃ、私はウニの黒焼きを食べればいいんでしょうか」と聞くと、「だめです。それは咽喉XXになってるわけですから(忘れた。先生の使う単語は難しいんだよ)、そこまで反応する人には向きません」と即行否定された。「だから厚生労働省も禁止したんです。全部に効くわけではないので」との説明。なるほど。
今もその黒焼きやさん(というのか)というのが、東京に一軒あるのだ、と言い、携帯電話をおもむろに取り出す先生。なぜに携帯をと思ったら、その店の写真を見せてくれた。「珍しいので、撮ってしまいました」と笑う先生。上野の方にあるらしい。で、検索したらこの画像を見つけた。まさに先生の携帯に入っていたお店であった。歴史を感じるなあ。
そんなことを話していたら、薬剤師の人が質問があるらしくカルテを持って診察室に入ってきた。先生は、「えっとなんだっけ。そう、薬。今回は2週間分だしておきますから」と言って、今日の講義は終わった。今日は腹診も舌診も無し。笑える。
しかし、先生は医大で西洋医学を勉強して国家試験に合格しているわけだし、その上東洋医学の勉強もしているわけだし、勉強家だよなあ。私が日ごろからペストのように避けている親戚の女が、「漢方とかって、なんか基本的なことちょろっと覚えてれば、処方するものは決まってて簡単なんじゃないの」と以前ほざいていたが、プロとしてやっていくための知識やスキルを得るために、どういう勤勉さや努力が必要かということの想像もつかず、他人の職業を簡単と評価する判断力のない馬鹿は、だまってろ。