大学時代の恐怖のルームメイト話のリクエストが以前出ていたので、もっとも恐怖だったメリッサのエピソードを書いてみる。

大学1年の半年間、私は日本で言う1LDKのアパートをメリッサという18歳のアメリカ人とシェアしていた。彼女は別に友達だったわけではなく、お互いアパートを探していたし、decentな人に見えたので、じゃ一緒に住もうか、ということになった赤の他人であった。こういう成り行きはアメリカのアパート探しで特に珍しくない。学費、生活費、またその両方を自分でまかなう独立した学生も結構いるため、シェアすることによって家賃を低く抑えたい人はざらにいる。友人同士で住む学生たちも当然たくさんいるが、知らない者同士が一つ屋根の下に家賃を折半しあって暮らすことは、一般的慣習となっている。
で、メリッサである。彼女は、金曜の夜には聖書の勉強会に行くような女で、私の友達などは「Jesus. How can you live with her?」と言っていた。まじめだからいいか、と思っていたが、私にまでpreachする傾向があり、鬱陶しいことこの上ない存在となるには時間はかからなかった。口にすることは実に立派だが、行動はまったく伴っていないという、偽善者であった。
暮らし始めた当初、「What's mine is yours, OK?」と言うからナイスな人だなと思ったが、結局のところ、「What's yours is mine, OK?」ということだったのだとすぐに判明した。実に人のものをよく借りたがる女であった。知らないうちに借りられていることもあった。ある日、私の机の引き出しを開けると、中がぐちゃぐちゃになっている。「え?!」と思い、ちょっとメリッサ、あんたあたしの引き出し開けた?と聞くと、セロテープを使いたかったので探したと言う。聞かれればバツが悪いのか、すぐに必要だったし、Kayは留守だったし、と言い訳がましいことを弾丸のようにまくしたてる。別にセロテープを使うのはかまわないが、引き出しの中を荒らすような真似はやめてくれ、とお願いする。あくまでお願い、である。だが、その後ペンも無くなったし、少しずつ色々な文房具が消えていったのであった。

もっとも彼女が借りたがったのは私の服である。Kマート(日用品を安く売る店)で買ったような服しか持たない彼女は、私が日本から持ってきた、ちゃんと裏地もついているスカートをはきたくて仕方ない。ある週末、親戚のmemorial serviceがあるから実家に帰るという。「やったー、今週末は、人に食費借りといて返さずにすまそうとするのやめてよね、とか、鼻をかんだ後のティッシュをそこらへんに置いたままにせずにちゃんとゴミ箱に捨てろ、と注意することから開放されるわけね!」と内心狂喜していた私だが、無表情で、あ、そう、と答える。"But I have nothing to wear."といい始めるメリッサ。さー、きたきた。私は返事をせずに勉強を続ける。だが、いかに着るものがないかをべちゃべちゃとしゃべり続ける彼女。memorial serviceなら黒かグレーじゃないとだめなんじゃないの、あたしはそんなの持ってないわよ、と言うと、あまり親しくなかった叔父だから色ものでも別にいい、という。すごくないか、このロジックは。ずーーっと着るものがないことの不幸を訴え続ける彼女に、私は大きくため息をついて音をたててペンを置き、「Would you like to borrow some of my clothes?」と嫌味っぽく聞いてみる。しめた、という表情をしたメリッサだが、すぐに申し訳なさそうな表情にスイッチし、「Oh, can I?」としらじらしい態度。で、借りたいものは既に決めていたらしく、実に3秒もかからず「これとこれ」とクローゼットから、サーモンピンクのシャツと、モスグリーンのロングタイトスカートを取り出してきたのだった。「あんた、memorial serviceにピンクってのはどうなの」と聞くが、やはり「it doesn't matter」の一点張りで譲らない。Fine, take them.と、この女がだまってくれるのなら、と許可を出す。
金曜の昼過ぎ、メリッサの兄という馬鹿面の男がアパートに迎えに来た。すでに私の服に着替えているメリッサを見て、「a pink shirt?」と言う兄。ほらみろ。再度メリッサは、そのoutfitでもかまわない理由を屁理屈をこねて説明し始める。兄もうるさいと思ったらしく、いいから早く車に乗れ、と言い、私の静かな週末は始まった。
で、日曜日の夜、友達の家から帰ってきたら、お嬢さん、ご帰宅していた。服のお礼を言うわけでもなく、テレビを見ている。ふとランドリーバスケットを見ると、私の服が放り投げてある。これ、両方ドライクリーニングなんですが。「メリッサ、these need to be dry-cleaned or hand-washed.」と言うと、「Yeah?」と言い、テレビを見続ける。むかついた私はバスケットから服を出す。ふと見ると、スカートのボタンがなんか変。こいつ、まさか、つけかえた?おまけに白い糸でつけて、その糸を黒のマジックで塗ってる?メリッサの背丈は私くらいだが、おなか周りは私より太い。それでどうやらスカートがきつすぎて、ボタンの位置を変えたようなのだ。腹が立つというより、あきれはてて開いた口がふさがらない。黒のマジックだよ。confrontするにもあまりにばかばかしく、「今、こいつと同じ空気は吸いたくない」と決めた私は、今去ったばかりの友達の家へとんぼ返りし、その晩は泊めてもらったのであった。
結局彼女は何日も服をほったらかしにし、クリーニング店に出すそぶりもないため、シャツに関しては「私が」手洗いしたのであった。「あのシャツ、着る必要があったから、あたしが洗ったわよ」と嫌味をこめて言うと、"Oh"と興味もなさそうな返事。殺意。スカートにいたっては、もう何年も前から着続けていた古いものだったし、彼女のデカバラに触れたものなんかもう着たくないと感じて、後日処分した記憶がある。

ほかにも、バッグを勝手に持っていかれて、中に入れていた口紅のキャップがはずれてべたべたに汚れていたことや(これは「Keep it. It's yours」とくれてやった)、ある日帰宅したら、家の中がすべて模様替えされており、私の机は窓際に移動され(動かす途中に落ちたノートや本はそのまま重ねてあるだけ)、「ソファが窓際だと寒かったから、Kayの机を窓際に動かした」とほざいて私を怒らせるなど、山ほどネタはある。それが積もりに積もって堪忍袋の緒が切れた私は、一緒に暮らし始めて半年後、「私はあんたとは住めない」と出て行ったのであった。当然、次のルームメイトが見つかるまでは私の分の家賃は払い続ける、という条件を提示し、小さいstudio(1R)を借りて一人暮らしを始めたのであった。そのときも、当時私がつきあっていた男に、私が家賃を全部彼女に押し付けて出て行くとでも言ったのか、私は彼にさんざんunfairな女だと非難されたのであった。「I don't know what she told you, but I'm paying the rent until she finds a new roommate.」というと、「oh」とだまりこんだ馬鹿な男であった。幸運にもすぐに次のルームメイトが見つかり、余分なお金を払う必要はなかった(私が自分でadを出し、housing officeでアパートを探している人に「いい物件ありまっせ」と声をかけたりした。もはや、この手の嘘に良心の呵責を感じない人間に私はなっていた)。
立て替えた食費もあれば、いつのまにか彼女の引き出しに移動している私の所有物もあったが、「Just get me outta here」状態で、引っ越す際にはもうどうでもよくなっていた。
彼女との生活で唯一おもしろかったのは、ある日、友達の家に泊る用意をするために帰宅したら、ソファの上で同じ建物に住むRobと彼女が重なり合っていたこと。「あら、それ、いつも話している恋人のJimじゃないわね」と思わず言いそうになったのだが、そこはぐっと抑えて「excuse me」と無表情で言い、ベッドルームで黙々と荷物の用意をしたのであった。Robが"Hi, Kay! How are you doing?"と私の周りにまとわりついて、異様に明るくつまらないおしゃべりをしようとする姿がおかしかったが適当にあしらい、荷物を詰め終えた私は「じゃ、I'm staying at my friend's house tonight. Have fun, kids.」と二人をあとにしたのであった。その晩、友達の家でこれをネタに盛り上がったのは言うまでもない。
わー、今日は長いっ。