玄関チャイムがなったのでインターフォンで応答した。画面には、人のよさそうな中年男性が映っている。車のセールスの人であった。この地区を担当しているSと申します、とあいさつ。いつもはセールスの人に対して冷たい私であるが、今回は優しい声で「車は運転しないのですみません」と謝り、彼も「ああ、そうですか。お邪魔いたしました」と丁寧に頭を下げて去って行った。
優しくしたのには理由がある。(理由もなく優しくしないってか。)
私はこの界隈に住んで長い。10数年前に住んでいたマンションにも、このSさんの名刺とともにパンフレットが入っていたことがある。なぜ覚えているかと言うと、そのフルネームが、小学校2年のときに私にプロポーズしたS君と同姓同名であったからである。んまー、なつかしい名前、と笑った。先生やクラスメートの前で、S君は私の両肩を前からがしっとつかみ、「好きなので結婚してください」と私にプロポーズしたのだ。みんなは大騒ぎするし、先生は笑ってるし、私はもう恥ずかしくて恥ずかしくて、彼を蹴った。暴力女。
今の部屋を借りてからも、たまにパンフレットが入っており、やはり彼の名刺がついていた。そして、今日、初めて実際に顔を見たわけである。たぶん、おそらく、あの笑顔はS君ではないかなと思う。立派なおじさんであった。自分もおばさんなのだなと改めて思う。
応対しながら、私の名前を名乗ってS君かどうかを確認することも頭をよぎったが、めちゃくちゃ汚いずんずるげの恰好をしていたのでドアを開けることも躊躇されたため、優しくお断りするだけにとどまった。車も買ってあげられないし。
presentableな恰好をしていたら、ちょっと話がしたかったかなあ。
って、全然違う人だったりしてね。