祖母93歳は、体は元気だが、忘れっぽさと頑固さが日に日に増しており、うちの両親は、私が実家に行くたびに色々ネタを披露してくれる。それも彼らにとってのストレス発散だと思い、ちゃんと聞いているが、毎回詳細がちょこちょこ違うだけで、話の大筋はほぼ同じであるため、私の心に余裕がないと、また同じ話かい、と思ってしまう。両親だって70半ばで十分老人だというのに、93のばあ様相手に色々大変なのである。
で、ほとんどが笑える話であるのが救いである。父曰く、「腰が低いようにみえて、あの人はいきなり意地になってsnapするから」と、そのsnapしたときの話を語る。父がふと窓から外を見ると、ばあ様が家の前の道路の溝っつーのか、いや、溝じゃないな、歩道寄りの車道の端を、なんと車道に下りてほうきで掃いていたらしい。あの道路は結構交通量が多く、車はばあ様を避けて通っている状況で、驚いた父はすぐに外へ出て、「掃除するんなら、歩道から掃かんと危ないぞ」と注意した。耳が激しく遠い祖母に向かって、父は話が通じるようにゆっくり繰り返し「危ないぞ」と説明していると、既に歩道にあがっていた祖母は、キッと険しい表情をして「わかりましたっ!」と言ったそうな。何度も言わないと通じてないときと、一度で通じているときがあるのよね。しつこいわ、この男はっ、とイラついた模様。「やーれやれ」と父。
このばあ様、昔はかなりのおしゃれさんだったのだが、今は着たきり雀である。洋服はたくさんあるというのに、くたびれきった古い同じものしか着ない。おまけにその服の洗濯をしたがらない。母が、「今日はそれ洗おうね」と言っても、その必要はない、私は年寄りで汗はかかないから、と断るらしい。大嘘である。「あー、暑い。蒸すねー、暑い暑い」と汗を拭いている現場は皆に見られている。「どうやったらあれを洗えるだろう」と母は悩んでいる。ついでにシーツも洗わせてくれないらしい。
ばあ様はお風呂またはシャワーは毎晩使うが、髪を洗わない。これ、結構お年寄りには多いらしい。痒くならないということもあるんだろうが、臭いにも鈍感になるのかなあ。冬場だと「頭を洗うと風邪を引く」という言い訳を絶対にする。ばあ様の娘である叔母が来たときは、なんでもズケズケ言う彼女は、「ちょっとあんた臭いよっ。髪、洗ってあげるからこっち来て!」と結構強引に洗面台で洗っていた。こんな台詞は絶対に口に出来ない性格の柔らかい母は、「臭いとは言えないし、でも臭いし、美容院にもいきたがらないし、どうしたらいいの」と悩んでいる。
で、こんな複数の臭いの元がばあ様の部屋にはあるわけで、というより、臭いの元はばあ様なわけだが、父は、ばあ様が部屋にいないときにささっと入り、消臭剤をスプレーしているという。ファブリーズか何かかなと思いながら話を聞いていると、「これなんだが」とスプレー缶を手に取り、缶を見ながら言う。「まあ、どの程度の消臭効果があるかはわからんが。これ、生ゴミの臭い消しだから」 
酷過ぎ、でも爆笑。ばあ様がいないときにこっそり部屋に薬をまくのではなく、置型消臭剤を置いておけばどうよ、と提案。私自身、ファブリーズの置型消臭剤を玄関に置いていて、帰宅したときいつもしていたこもった臭いがなくなったので、今日は薬局でそれを買って持っていった。香りがついているものではなく無香にし、ばあ様を傷つけてはいけないので、彼女が部屋にいないときに洋服箪笥の上にわからないように置いておいた。効果を期待するよ。
髪については、孫が言えばそう角も立つまいと、私が言いに。「髪のびたね」と何気なく髪の話題に持っていき、「そうなんよ。でも、長いほうがまとめられて夏はええよね。すっきりするよ」としばらく髪型の話。「夏は汗かくし、頭を洗うともっとすっきりするよね。あたしは毎日洗うよ」と核心へ。「若い人はねー。私もこの間洗ったけど、もうそろそろ洗わんといけんね」と言う。この間っていつじゃっと心でつっこみながら、「そうね。洗ったほうがいいよ」とプッシュ。「若いうちは洗いたいもんよねえ」などと、だから年寄りの自分は洗いたくない、と主張しているつもりなのか、やっぱり頑固である。「夏だから風邪を引くなんてことはないから、今晩洗えば」と言うと、「今は元気になったしね。具合が悪かったときは、洗いたくなかったけどねえ。あのときはねえ・・・」と、なんとなく話をそらすばあ様。具合が悪かったのは、何年前の話じゃ。話が長くなるので、「今晩、洗うといいよ」と言って部屋を出て、母が含み笑いをしている台所へ。「この間洗ったってよ」と言うと、「んま」と呆れる母。
どうせ髪を洗う話をしたことなど、今はすっかり忘れているだろう。難しいなあ。臭いなんてデリケートな問題だし。プライドがあるから(それも結構高い)、無理強いしようとするとますます頑なになるし。今度行ったとき、また「髪伸びたね」作戦を繰り返してみよう。「わかりましたっ!」とsnapするまで。