楽器が弾けるとか、作曲をするとか、こういう音楽関係の趣味というものは、どこの国でも「かっこいい」とされるのではないかと思われる。しかし、そうではない例もあるということを滞米時に経験した。

彼の名はエリック。あるパーティで会い、1週間後にデートに誘われた。実は乗り気ではなかったのだが、他にすることもないし、まあいっか、とOKしたのだった。彼は、自分のピックアップトラックはルームメイトが釣りに行くというので貸してやったということで、代わりにそのルームメイトのBMWを運転してきた。なんか"He is trying to impress me with the BMW"だなあという感じで、初っ端からしらけながら車に乗った。
彼はこのとき、between jobsであった。それまでは、スポーツ用品店のマネージャーをしていたらしい。レストランに行くまでの道すがら、"How's the job search going?"と聞くと、ダウンタウンに到着するまでの20分間延々とその話をし続けた。ここで既に私はもう家に帰りたいと思っている。すぐに駐車場に行くのかと思いきや、彼は"Oh, that's where I used to work"と、ご丁寧に自分がまかされていた店の前を偶然通りかかるという小細工をしくさった。"That's my storrre."と言いながら、ゆっくりと運転する。"That WAS your storeだろ"と心の中でつっこみながら、"So, where are we eating?"と聞くと、japanese restaurantの名を言う。Oh, I get it, because I'M JAPANESE! いや、せっかく誘っていただいたのにこんな意地の悪いことを思ってはいけない。もちろん日本食が嫌いなわけじゃないし、OK,さっさと駐車場に車を入れて行きましょう、と答える私。
レストランでも一人でしゃべり続けるエリック。大学時代のTA(teaching assistant: 教授の補佐として授業をする大学院生)が日本人で、おもしろい名前だったんだと笑う。私はすき焼きを食べながら、I guess I'm supposed to ask what the name wasと思い、聞いてみる。すると、"Tong Fuan Way (or something like that, I can't remember exactly what he said). You know, it sounds like Too Far Away!"と、これほどおもしろいオチはないだろうとでも言いたげな自信のある笑顔で言う。私は糸コンニャクを口からたらし、彼の顔を見つめてフリーズ。"That's Chinese."と静かに言うと、"Oh."と言い、"Well, his name is still funny, isn't it?"と笑う。私は"OH MY GOD, let me OUTTA here"と思いつつも、"Hilarious."と答えてすき焼きを食べ続ける。
食後は踊りにでも行こうかと言われ、冗談じゃねー、と思った私は、"Naaah, I should get back. I have a ton of homework to do."と答える。HOMEWORK. What am I, a fourth grader? 自分でもなんちゅーexcuseだと思いながらも、I was desperate. そうか、わかった、と彼は言い、車に乗り込む。
彼とルームメイトは、二人でcondoを購入したと前に言っていたのだが、どうもそれを見せたくて仕方ない様子。帰りに"Maybe we can drive by there."というので、前を通って、へえ良いところじゃない、と言うくらいの忍耐力はまだ残っていると思い、OKと頷いた。

だが、condoに着くと、彼は駐車場に車を入れてエンジンを切るではないか。あら、家に入るのか、めんどくさー、と思い、しぶしぶ車を降りる私。彼は家の中を一通り案内し、私はnice, nice, niceと適当に相槌を打つ。その間、バッグは肩から提げたまま、「すぐ帰りますから」という姿勢はくずさない。

ちょっと待って、と言って自分の部屋に入った彼は、"I write music"と五線譜を持ってきた。"へえ、That's kind of cool"と思って振り向いた私だが、その楽譜を見てフリーズ。でっかいオハギみたいなオタマジャクシがパラパラと並んでいる。全部四分音符。ヤマハ音楽教室幼児科に通っていた頃を思い出させるでかさのオタマジャクシであった。"Th, that's nice."とかろうじて答えると、次に彼は"I play this."とソプラノ笛を取り出したのだ。頭に流れるのは「アマリリス」のメロディー。泣きそうになりながら、"は、OK. Very nice. Can you take me home now?"とお願いした私であった。

紳士なエリックは、BMWでちゃんと私を下宿先まで送り届け、awkwardながらも礼儀正しくお互い挨拶をして別れた。この時点で、まだ9時前。The shortest date I ever had.
あまりにもむなしいので、友達に電話をかけまくるが、みーんなでかけて留守。仕方ないので、本当に宿題をして過ごしたという寂しい土曜の夜だった。

当然、それ以降エリックから連絡はなかった。今でもソプラノ笛、吹いてますか。